初めて富士登山にチャレンジしたのが今から10年前。

せっかく静岡県で暮らしているのだから!そんな想いからだった。

当時、カクテルコンペティションに全く興味が無かったので、

仕事を通じ1番になることができないなら、年に1度くらい自分の足で

日本一高い場所まで登り、その山頂で好きな抹茶を点て葉巻を燻らせる。

そんなことを毎年義務化し愉しんでいた。

その愉しみ方は年々エスカレートし、よりハードなコンディションを求め

アイゼンを装着し、初冠雪の便りとともに登山の準備をするようになり、

2016年は富士山スカイラインが閉鎖されるぎりぎりの11月10日に、雪を踏みしめながらの富士登山する予定で準備を進めていた。

今から2年前、後閑信吾という男と出逢った。

彼は2012年のバカルディ・レガシー・グローバル・カクテル・コンペティションの世界チャンピオンである。

彼と出逢い衝撃を受け、自分の仕事を改めて考えるようになった。

そして翌年、バカルディ・レガシー・カクテル・コンペティション2016の日本代表となった櫻井将人氏と出逢った。

するとこれまでに無かった想いが溢れ出し、初めてコンペティションの応募用紙に想いを綴ってみた。

その想いは通じ初めて応募したバカルディ・レガシー・カクテル・コンペティション2017で、国内のセミファイナリストTOP20に選抜される。

そして奇しくも11月10日がその大会日だと知り、これまで続けてきた富士登山を初めて諦めた。

しかし、入賞した嬉しさの中から、新たなモヤモヤする気持ちが芽生えだした。

「たまたま選ばれたのではないか?」「たまたまの偶然では??」

そんな中、同年代のサッカー選手である三浦和良選手の言葉と出逢った。

「夢を叶えるのがプロ。しかし、夢を叶えるために全てを捨てれるのもプロ」

それはとても衝撃だった。

私は何を目的として仕事をしているのか、もっともっと自分を正すべきだと。

「たまたま選ばれたのではないか?」との想いを払拭するため、

私は次々とカクテル・コンペティションの応募用紙に想いを書き綴った。

そしてボビーズジン、八戸市長杯、シーバスマスターズ、シーバスミズナラ、ワールドクラスと応募を続け、

ボビーズジンとシーバスミズナラ敗退、しかし、八戸市長杯では出場を果たし、

とシーバスマスターズでは日本大会TOP5ファイナリスト、

そしてワールドクラスではTOP50のセミファイナリストに選抜された。

そこで待っていたのは次なる試練、本大会で結果が残せない、他の選手との実力差を知ることとなったのだ。

しかしそこから生まれる想いもあった。

親子ほども年が離れた若いバーテンダー達から受ける刺激は強烈であり、

それは今の私の原動力の源である。

諦めきれない私はスコッチウイスキーの名門シーバスリーガル社主催の

シーバスカクテル・フォトコンテストにもチャレンジをしてきた。

子供の頃から写真を撮るのが好きで、バーテンダーである自分が好きだから。

そして一昨日の発表で私が優勝したことを知った。

それは私が初めて日本一に慣れた瞬間だった。

しかし私はバーテンダーである、だからこそ私の闘いはまだまだ続くのだ・・・

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